大判例

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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)2610号 判決 1998年2月27日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、三〇〇〇円を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一・二審とも各自の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金一〇万円を支払え。

三  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

四  仮執行宣言

第二  事案の概要

次に付加する他は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1 原判決には、次の違法がある。

(一) 日本の公務員が外国人たる控訴人に出廷を強制するために行った暴力行為を是認した。

(二) 憲法二九条に保障された個人の財産権否定等の場合の代価相当分の弁済を定めた規定に違反している。

(三) 憲法一四条が定めた法の下の平等に反し、控訴人の原審における反論(人証申請)を封殺した違法な差別がある。

2 原判決には、次の事実誤認がある。

(一) 受傷部位の主張が診療録に記載された部位と異なるとの認定は真実に反し誤認である。

(二) 日本人は印鑑をもって指印等に代え文書に捺印させる等の義務付けをしながら、控訴人の印鑑を使用させず差別を与え、又、控訴人の印鑑を施設内で使用することを認めながら、法廷で使用させない処分行為は恣意であって、この点に関する原審の判断は逸脱している。

(三) 刑事公判廷に出廷するための自由の拘束ではないにもかかわらず、公務員が口頭で命じつつ控訴人の身体に手をかけた行為が正当な職務行為であるとした原審の判断は法解釈を誤ったものである。

(四) 控訴人が紺色ズボン下を未だ交付されていないのに、公務員が作成した変造書面を信用して、すでに交付済みであると認定したのは事実誤認である。

二  被控訴人の認否

控訴人の右主張はすべて争う。

第三  当裁判所の判断

次に付加する他は、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

但し、原判決二五頁八行目「本訴」の前の「原告は、」及び同二八頁九行目「その」を各削除し、同四〇頁五行目の「右ズボン」の次に「下」を加える。

一  原判決の違法について

1 控訴人は、原判決が出廷を強制するための違法な暴力行為(平成八年七月二日の刑事公判期日へ出頭させるための大阪拘置所職員による実力行使を指すものと解される。原判決五・六頁の(七)参照)を是認したと主張する。

しかし、右公判期日の当日、大阪拘置所職員数名は、控訴人が歩行に支障がなかったにもかかわらず車椅子の貸与を願い出、それを不許可とされると故意に歩行を拒み出廷を拒否したので、控訴人を仰向けに抱きかかえるようにして連行しようとしたもので、右のような実力行使が同職員らの職務行為として相当な範囲のものであり違法な暴力行為に当たらないことは、原判決三一頁九行目から同三六頁四行目までに記載のとおりである。

原判決の右認定判断は同部分に挙示の証拠により優に是認することができ、何ら違法はない。

2 控訴人は、原判決は個人の財産権を保障した憲法二九条に違反する(大阪拘置所長が控訴人所有の雑誌を領置せず廃棄処分とした措置を指すものと解される。原判決三・四頁の(一)参照)と主張する。

(一) 《証拠略》によれば、控訴人は、平成七年九月一七日、自費で購入した雑誌「日経ナショナルジオグラフィック(八月号)」(単価九〇〇円)につき、これを単行本と同じ扱いをするよう求めて領置願を提出し、同年一一月二二日にも同雑誌の九月号につき、今後は同雑誌を全て領置にする扱いを求めて再び領置願を提出し、さらに同月二七日にも同雑誌の一〇月号につき、憲法二九条に基き財産権確保のために領置を求める旨を付記して領置願を提出したが、大阪拘置所長は、右各雑誌を領置すべき理由につき疎明がなく、領置の必要性がないと認めて右各願い出を許可せず、「収容者に閲読させる図書、新聞等取扱規程」一四条に従い、右各雑誌をいずれも廃棄したことが認められる。

(二) 拘置所収容者の携有物の取扱いについては、監獄法五一条が原則として領置することを定め(一項)、「保存の価値なく、又は保存に不適当な物」は領置をしないことができ(二項)、領置しない物については収容者が相当な処分をしないときはこれを廃棄することができる(三項)ものと定めている。これを受けて、監獄法施行規則は、収容者が自弁した物についても携有物の例に依り領置する旨を定め(一四八条)、例外として、新聞紙、雑誌等については領置しないことができる旨を定めている(一四九条)が、いかなる場合に領置しないことができるかについては定めるところがない。

ところで、「収容者に閲読させる図書、新聞等取扱規程」は、私有の図書(私本)のうち閲読後の雑誌について、あらかじめ書面によって本人の同意を得ること(一一条一号)を前提として、閲読後の雑誌は、原則として廃棄するものとし、例外的に本人から願い出があり、かつ、所長において適当と認めるときに限り領置するものと定めている(一四条)。

そして、大阪拘置所では収容者が雑誌の閲読を希望するときは、「交付願」に署名押印して所長に提出するものとし、右「交付願」には「閲読後の雑誌及び新聞紙は、廃棄されてもかまいません。」との文言があらかじめ記載されており、収容者はこれに署名することにより廃棄についても同意したものと取り扱われていることが認められる。

したがって、収容者が雑誌の閲読後とくにその領置を求めなければ、右同意書に従って廃棄されることとなるが、雑誌とはいえ、収容者の私的財産であるから、私有財産を保障している現憲法下では、法令の根拠なしにそれを本人の意に反して処分することはできず、右取扱規程一四条に閲読後の雑誌につき原則として廃棄することができると定めているのも、本人の同意のあることを前提として初めて監獄法施行規則と適合的に解釈することができるものといわなければならない。

そうとすれば、収容者が閲読後の雑誌につき領置願を提出したときは、「交付願」における廃棄の同意を撤回したものといわざるを得ず、所長は原則として右雑誌を領置しなければならないものというべきである。

もとより、収容者の携有物や自弁物を領置するには施設の規模、構造や保安上一定の制限があるのは自明であるから、そうした制限に触れる場合には本人の意向を聴取したうえ順次廃棄されるのはやむを得ない措置である(「被収容者の領置物の管理に関する規則」参照)。

また、当該雑誌の種類・性格・内容に照らして、それが学術や職業技術等に関するものでなく、単なる娯楽を目的とし一読後廃棄するのが通例である等、「保存の価値」がないと客観的かつ合理的に判断できる雑誌についても、右規模、構造や保安上の制限に照らして、本人の同意なくして廃棄することができるものと解される。

右取扱規程一四条は、このような場合に限り本人の同意なしに廃棄できることを定めたものと解すべきである。

右取扱規程の運用についての矯正局長依命通達が、「雑誌を例外的に領置する措置を定めたのは、閲読後の雑誌が学術や職業技術等に関するもので、その種類、保存の目的等に照らしてこれを領置することが適当と認められる場合に運用する趣旨であるから留意すべき」旨を指示しているのも、同趣旨にでたものと解することができる。

したがって、同規程一四条に「所長において適当と認めるとき」というのも、所長に自由な裁量権を認めたものではなく、当該雑誌の種類・性格・内容に照らして客観的かつ合理的に判断すべきことが要請されており、それが学術や職業技術等に関するものであるときには、原則として本人の申請に応じて領置するのが適当と判断すべきものと解するのが相当である。

(三) 本件についてこれをみるに、控訴人が領置を願い出た雑誌は、誌名から窺われるその内容は自然あるいは地理に関するものであって、広く学問芸術に関するものと認められるから、特別の事情のない限り、本人の申請に応じて領置すべきものであったといわなければならない。

そして、施設の規模、構造上あるいは保安上これを廃棄すべきであったとの特別の事情を認めるに足りる証拠はない。

しかるに、大阪拘置所長は、右雑誌を領置すべき理由につき疎明がないとの理由のみで控訴人の願い出を許可せず廃棄したものであるから、右処分は裁量権を逸脱した違法なものであったといわざるを得ず、右処分につき同所長に過失があったことも明らかである。

右違法な処分により控訴人の被った精神的損害は、廃棄された雑誌の種類・内容・単価・冊数等の諸事情に照らすと、三〇〇〇円をもって慰藉するのが相当と認められる。

(四) 大阪拘置所長が被控訴人の職員としての公権力の行使により控訴人に右損害を被らせたものであることは前説示から明らかであるから、被控訴人は、控訴人に対し、国家賠償法一条に基き、右損害を賠償すべき義務がある。この点において本件控訴は一部理由がある。

3 控訴人は、原審裁判長のした訴訟指揮上の措置(控訴人がした証人の申請を撤回させた措置を指すものと解される。原審訴訟記録中の証拠関係目録参照)が憲法一四条に違反し、訴訟上の反論権を封殺したものとして違法であると主張する。

原審記録によれば、控訴人は、原審第二回口頭弁論期日後の平成九年五月一日、証人として大阪拘置所看守長と同医官の二名を「大阪拘置所における非人道的な処遇(拷問等も含む)の実態」の立証のために申請したが、原審第三回口頭弁論期日(最終期日)において右申請を撤回したことが認められ、右記録から認められる原審の訴訟経過に照らすと、右撤回は原審裁判長の訴訟指揮権に基づく勧告に従ってなされたものと窺われる。

しかし、原審記録によれば、控訴人の立証しようとした「大阪拘置所における処遇の実態」は、控訴人提出の書証(陳述書を含む。甲第一ないし第一六号証<枝番を含む>)や、被控訴人提出の書証(控訴人申請の証人のうちの一人である看守長作成の陳述書を含む。《証拠略》により相当詳細に明らかにされており、加えて、控訴人本人尋問の実施によって控訴人からみた処遇の実情も明らかにされていることが認められ、こうした審理の内容・経過に鑑みると、原審は、取調べ済みの証拠をもって判決をなすに熟したものと判断し、右判断に従い、原審裁判長は、訴訟指揮権に基き、証人尋問その他の証拠調べは必要ないものとして控訴人に対し証人申請の撤回を勧告したものと推認される。

当該訴訟が判決に熟したときは裁判所は弁論を終結して判決をなす(旧民訴法(明治二三年法律第二九号)一八二条)べきであって、判決に熟したか否かは当該裁判所の合理的な裁量に委ねられており、また、当事者の申し出た証拠であっても裁判所において不必要と認めるものはこれを取り調べる必要はなく(同法二五九条)、証拠の採否も裁判所の合理的な裁量に委ねられているところである。

前記のような原審で取調べ済みの証拠の内容に照らすと、原審が控訴人申請の証人を採用しなかった措置が裁量権を逸脱した違法なものとまではいえず、もとより右措置が憲法一四条に違反するものとも認められない。

二  原判決の事実誤認について

1 控訴人は、原判決が「受傷部位の主張が診療録に記載された部位と異なる」との認定をした(平成七年一二月一五日の保護房への拘禁時の傷害を指すものと解される)のは真実に反すると主張する。

たしかに、大阪拘置所医官が同月一八日に控訴人を診察した際、控訴人の腰正中部に直径一・五センチメートルの挫傷と腫脹が認められており、右傷害の部位や内容からみて日常生活の中で自然に生じたものでないことは明らかであるから、控訴人が三日前に保護房に拘禁された際の状況(原判決二三頁四行目から同二四頁六行目まで参照)に照らして、控訴人の主張するように保護房への連行時に落下して負傷した可能性も一概に否定することはできない。

しかし、控訴人の原審供述を斟酌しても、右傷害が保護房への連行時に落下して生じたものと認定するには十分な証拠がないし、仮にそうであったとしても、右拘禁時の状況からすると、右傷害につき大阪拘置所職員に違法な行為があったといえないことは原判決二四頁七行目から同二五頁七行目までに記載のとおりである。

2 控訴人は、大阪拘置所が控訴人に印鑑(実印)を使用させなかった行為(離婚訴訟における平成八年一〇月一七日の弁論期日での使用を指すものと解される)は違法であると主張する。

この点に関する大阪拘置所の措置が違法でないことは、原判決三六頁五行目から同三七頁四行目までに記載のとおりであって、右認定判断は同部分に挙示の証拠に照らして是認することができる。控訴人の主張は理由がない。

3 控訴人は、「刑事公判廷に出廷するための自由の拘束ではないにもかかわらず、公務員が口頭で命じつつ控訴人の身体に手をかけた行為(前記保護房への拘禁を指すものと解される)が正当な職務行為であるとした原審の判断は法解釈を誤ったものである。」と主張する。

この点の原審の認定判断が違法でないことは前記1のとおりである。

4 控訴人は、「控訴人が紺色ズボン下を未だ交付されていないのに、公務員が作成した変造書面を信用して、すでに交付済みであると認定したのは事実誤認である。」と主張する。

控訴人主張の紺色ズボン下とは領置番号四九三一号を指すものと解されるが、乙三二・三三によれば、右衣類は平成八年一〇月一七日の仮出願に基いて他三点のズボン下とともに控訴人に交付され、同年一一月二九日に返納されるまで控訴人の使用に供されていたことが認められるところ、乙三二や乙三三が変造された書面であると認めるに足りる証拠はないから、原判決の認定に誤認はなく、控訴人の右主張は採用できない。

三  以上の次第で、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し国家賠償法に基づく損害賠償として三〇〇〇円の支払を求める限度で理由があるので、右部分につき認容すべきところ、これと異なる原判決は一部不当である。

よって、原判決を本判決のとおり変更することとして、主文のとおり判決する。

(弁論終結日 平成九年一二月一六日)

(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 裁判官 長井浩一)

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